多くの相続手続では、相続した財産や負債の分け方を決める相続人同士の話し合いである遺産分割協議が行われます。しかし、いったん話し合いがまとまった後に、「やっぱり分け方を変えたい」「納得いかない」と考えるような事情が出てくることも。
このような場合、遺産分割協議はやり直せるのでしょうか? この記事では、やり直しの可否や要件、やり直す場合の手続きの進め方、注意点について解説します。
そもそも遺産分割協議とは?
遺産分割協議とは、相続が発生したあと(=被相続人が亡くなったあと)、相続人全員で、被相続人の財産や負債を誰がどう引き継ぐかを話し合うことです。遺言がある場合や法律で決められた相続分のとおりに財産を分ける場合を除き、多くの相続で遺産分割協議が必要となります。
協議が成立すると、その協議の内容を遺産分割協議書にまとめ、不動産の名義変更(相続登記)や預貯金の解約等の相続手続を進めていきます。遺産分割をしている場合、これらの手続きをする際に、遺産分割協議書の提出を求められることが多いです。
この遺産分割協議において最も重要な点は、相続人全員の合意があることです。その合意の証拠として作成するのが遺産分割協議書であり、協議書には通常、相続人全員が署名捺印をし、相続人全員の印鑑証明書を添付します。
このように、遺産分割協議は、相続手続を進めていく基礎となる重要な手続きなのです。
遺産分割はやり直せる?
では、そのように重要な手続きである遺産分割協議ですが、相続人が「やはり納得できない」「よく考えたら自分だけ損をしている」などと感じた場合、後からやり直すことはできるのでしょうか?
結論からいうと、原則として、一度協議が成立した以上やり直すことはできませんが、以下のようなケースに当てはまればやり直すことができます。
ケース1 相続人及びその他の関係者全員が合意した場合
遺産分割協議は相続人全員で行うものなので、その全員が再び合意すれば、やり直すことが可能です(最判平成2年9月27日民集44巻6号995頁)。
ただし、遺言がある場合、受遺者や遺言執行者といった直接の関係者もその遺産分割協議に合意している必要があります。
また、やり直すことで他の第三者に損害を与えるような変更はできません。具体例を挙げると、相続人ABCの3人で遺産分割協議を行い、甲土地をAが相続することとし、Aが第三者Dに甲土地を売却したとします。その後、ABCの合意で遺産分割協議をやり直すこととなったとしても、甲土地についてはすでに第三者に売却しているため、取り戻して遺産分割に組み込むことはできません。
ケース2 遺産の評価額等、遺産分割の前提となる条件が著しく異なることが分かった場合
遺産分割が終わった後、重要な遺産(不動産や株式など)の評価額が著しく低下したり、評価方法が間違えていたりと、話し合いの前提となる遺産の評価が大きく異なると判明することがあります。
このような場合、相続人は、遺産分割を解除して、遺産分割協議をやり直すよう請求することができます(民法第911条・共同相続人間の担保責任)。
ただし、遺産分割全体に大きく影響するような差異でなければ解除を求めることはできず、他の相続人に損害賠償請求をすることができるに留まります。また、一部の遺産が漏れていたような場合、再度その遺産のみを対象とした遺産分割協議を行うこともできます。
ケース3 遺産分割が詐害行為にあたる場合
ある相続人に多額の借金があり、遺産を相続して差し押さえられるのを避けるために、外見上いったん他の相続人の名義にする旨の遺産分割協議をしたとします。
このような場合、遺産分割は詐害行為にあたり、債権者は取消しを請求することができます(最判平成11年6月11日民集53巻5号898頁)。取り消されると遺産分割はなかったことになり、再度の遺産分割協議が必要となります。
ケース4 そもそも遺産分割が無効な場合
遺産分割をやり直す以前に、そもそも元の遺産分割協議が無効な場合もあります。このような場合には、再度有効な遺産分割協議を行う必要があります。
遺産分割が無効となるのは、次のような場合です。
- 相続人が欠けている・法律上の意思能力がない
→ 一部の相続人(や遺言がある場合の包括受遺者)が協議に参加していなかったり、参加していた相続人が未成年者または成年被後見人等であったりすると、遺産分割協議は無効となります。
※ 未成年者が遺産分割をするには、法定代理人または特別代理人が代わりに協議に参加します。
※ 成年被後見人等(成年被後見人・保佐人・遺産分割が制限された補助人)が遺産分割をするには、成年後見人等の代理や同意が必要です。 - 詐欺や脅迫を受けた相続人がいる
→ 遺産分割協議に参加した相続人のなかに、だまされてはんこを押した人や、脅迫を受けてはんこを押した人がいれば、その遺産分割は無効となります。
※ ただし、詐欺や脅迫を理由とする遺産分割の取消しは、詐欺に気づいた時または脅迫から逃れた時から5年以内・協議から20年以内に主張しなければなりません。
遺産分割をやり直す場合の手続きの流れ
それでは、遺産分割協議をやり直すには具体的にどのようにすればよいのでしょうか。
遺産分割協議をやり直すには、通常の遺産分割同様、相続人全員で協議を行い、その内容を遺産分割協議書にまとめ、相続人全員が署名押印するという手順を踏みます。
財産の名義変更前であれば、二度目だからといって特に特別な手続きはありません。
※ 財産の名義変更後である場合、後記「やり直しの注意点」をご確認ください。
ただし、前回の遺産分割協議書が残っていると、古い協議書のみを見た第三者がその協議書を有効だと勘違いしなけないので、古い協議書は破棄するようにしましょう。また、新しい協議書に「〇年〇月〇日に成立した遺産分割協議書は、相続人全員の合意によって解除する」等の文言を入れると、よりわかりやすくなります。
やり直しの注意点
遺産分割をやり直す場合において、すでに前の協議の内容に沿って財産の名義変更をしていると、再度名義変更の手続きが必要となるほか、相続税や贈与税が課税されるおそれが生じます。
具体的には、以下のような手間と費用がかかります。
よくある質問(Q&A)
- Q遺産分割のやり直しはいつでもできますか? また、何度でも可能ですか?
- A
遺産分割のやり直し自体に時効や回数の制限はありません。ただし、詐欺や強迫、特別受益や寄与分の主張といった行為には時効がありますし、何度もやり直すと手続負担が大きくなるほか、やり直しの度に課税されるリスクもあるので、安易なやり直しはおすすめしません。
- Q相続した不動産の名義変更を済ませてしまいましたが、遺産分割はやり直せますか?
- A
相続人名義に変更した不動産について再度遺産分割を行い、他の相続人の名義にすることは可能です。ただし、再度登記手続が必要となり、登録免許税を納めなければならないほか、贈与税や不動産取得税が課される可能性もあります。
- Q遺産分割のやり直しで贈与税が発生することはありますか?
- A
はい、あります。協議の内容次第では、税務署から贈与と判断され、贈与税が課されます。税金面について不安がある場合は、遺産分割をやり直す前に、専門家に確認することをおすすめします。
まとめ
遺産分割協議は、一度成立していても、相続人全員の合意があればやり直すことが可能です。ただし、不動産の登記をやり直す手間や費用がかかるほか、税務面で贈与とみなされるリスクもあるため、注意が必要です。
やり直しを検討する際は、実務上・税務上のメリットとデメリットを整理し、相続人全員が納得できる形で進めることが大切です。場合によっては、弁護士や司法書士、税理士といった専門家に相談しながら進めると、トラブルを防ぎ、スムーズに手続きを終えることができます。