急激な少子高齢化が進むなか、「もし自分が認知症になったら、財産の管理はどうなるのか」と不安に思う人が増えています。預貯金や不動産の管理、今後の資金計画、施設への入居費用など…、目先のものから数年後、数十年後のものまで、不安は多岐に渡るでしょう。
そんな状況で近年注目されているのが、家族信託(民事信託)という制度です。家族信託は、従来の成年後見制度や遺言ではカバーしきれない、財産管理や資産承継の柔軟な手段として、活用が広がりつつあります。
この記事では、家族信託の基本的な仕組みから手続きの流れ、メリット・デメリットまで、司法書士の視点からわかりやすく解説します。
家族信託(民事信託)とは?
家族信託とは、家族で支えあう財産管理の方法であり、最も一般的なケースは、高齢になった親が自分の子どもに財産の管理を預けるケースです。「信じて託す」という言葉のとおり、親の財産(不動産や預貯金)の管理権限を子どもに明け渡すことで、親の財産を適切に保護・活用することができます。
なお、子どもがもつのはあくまで管理権限だけであり、財産が子どものものになってしまうわけではありません。子どもは、親のために財産を管理しなければならないのです。
たとえば、親が認知症になってしまうと、親名義のご自宅を売却したり、預貯金を引き出したりといった手続きが困難になります。このような場合に備えて家族信託を通じて管理権限を事前に渡しておくことで、ご自宅の売却や預金の引き出しがスムーズに行えるよう、予防できるわけですね。
仕組みと登場人物
では、家族信託はどのような仕組みなのか、もう少し深堀りしていきましょう。
家族信託には、次の3人の登場人物がいます。
- 委託者(いたくしゃ):高齢の親など、財産を託す人
- 受託者(じゅたくしゃ):子どもなど、財産を預かり、管理・運用する人
- 受益者(じゅえきしゃ):信託された財産から利益を受ける人
→ 誰を指定してもいいですが、家族信託では委託者=受益者となるケースがほとんどです。
まず、委託者と受託者が信託契約を結びます。信託契約には、「どの財産を預けるか」、「どのように管理するか」、「受託者にはどのような権利義務があるか」といった内容が書かれています。
次に、契約の内容通りに財産を預け、名義変更などの手続きをします。不動産を預ける場合には登記が必要ですし、銀行預金を預ける場合であれば信託用の口座を作ったり受託者の口座に振り込んだりといった手続きが必要です。こういった手続きをすることで、第三者にも信託財産であることが明確になります。
その後は受託者による管理が始まり、受託者は、委託者(=受益者)のために、財産を管理・運用します。
管理・運用の具体例として、たとえば
〇 銀行預金を管理する
〇 預金口座を解約する
〇 自宅をバリアフリー化する
〇 自宅を売って老後資金に充てる
といったことができます。
※ ただし、信託契約で定めた範囲に限ります。
こういった手続きは高齢になるとなかなか難しいですが、受託者が代わりに行うことで、自分も周囲の人々も安心できるのです。
手続きの流れ
それでは、家族信託をするにはどのような手続きをとればいいのでしょうか?
大まかな流れは次のとおりです。
その1 信託の目的を整理する
信託では、「どの財産を預けるか」、「受託者(子ども)にどのような権限を与えるか」を自分で決めることができます。
そのため、最初に信託の目的をはっきりさせ、そのためにどのような信託にすればよいか、考えなければなりません。
具体的には、以下のような目的がありますので、自分にあった目的を考えましょう。
その2 信託の内容を設計する
次に、先ほど決めた目的を達成できるよう、信託の内容を設計します。
決める内容は、当事者、目的、財産、受託者の権限、終了条件などなど…多岐にわたり、どれも信託法で定められた要件を満たしたものでなければなりません。
信託契約書のひな形はネットや本にも載っていますが、法律に定められた要件を守れているか、目的を十分に達成できるか、不足している文言はないかといった事柄を確かめるには、信託を取り扱う弁護士や司法書士などの専門家への相談をおすすめします。
その3 信託契約書をつくる
内容が決まったら、契約書を作成しましょう。契約書の作り方は、大きく分けて「私文書」と「公正証書」にわかれます。
私文書:契約書を印刷し、委託者と受託者が署名押印をします(押印は実印が望ましい)。
公正証書:公証役場に行き、公証人の前で、公証人が作成した信託契約書に署名押印をします。
公証人の費用がかかりますが、契約書の最終確認を公証人が行い、本人確認や意思確認をしてくれるなど、メリットが大きいです。
ただし、信託を実際に活用していくにあたり、銀行や法務局などの機関が信託契約の内容を確認する機会がたくさんあります。このような場合に、私文書では契約の効力が疑われてしまうことも…。
契約がきちんと効力のあるものであることを示すためにも、信託契約書は公正証書で作成することをおすすめします。
その4 財産の名義変更をする
信託契約を無事に締結できたら、次に、契約の対象となっている財産の名義を変更します。
財産の名義変更をすることで、銀行や不動産の取引相手といった第三者に「その財産が信託されている」ことを示すことができます。
銀行預金であれば信託専用の口座を作成してそこに入金する、不動産であれば名義の変更(信託による所有権移転登記)をするといった方法で、名義を変えておきましょう。
※ 信託財産の名義変更は、信託法で定められた受託者の義務のひとつです(分別管理義務)。
その5 受託者の財産管理がはじまる
契約と名義変更が完了すれば準備完了です。その後は、受託者が信託財産の管理・運用を始めます。
受託者は、信託財産の価値を落とさないよう適切に管理する義務があります。また、信託財産によって得られる利益は受益者(親)のものです。
こういった義務に違反すると、委託者・受益者から契約の解除や損害賠償を求められる場合があるので、注意しましょう。
家族信託のメリット
さて、ここまで家族信託の仕組みや手続きの流れを解説してきましたが、具体的にどのようなメリット・デメリットがあるのかが気になるところでしょう。
ここからは、家族信託のメリット・デメリットを簡潔にまとめていきます。
まとめると、家族信託では、当事者の意思を反映した柔軟な財産管理ができ、認知症になってからはもちろん、なる前にも管理を任せられ、亡くなった後にもどのように資産を引き継ぐか決めておくことができます。
家族信託のデメリット・注意点
では反対に、家族信託にはどのようなデメリットがあるのでしょうか?
このように、家族信託は、その柔軟さゆえのデメリットもあります。あとでトラブルにつながらないよう、利用する場合は弁護士や司法書士などの専門家に相談しましょう。
まとめ
家族信託は、従来の成年後見制度や遺言の枠を超え、本人の意思に基づいて財産管理と承継を設計できる柔軟な制度です。少子高齢化に伴い、財産の凍結や相続発生時のリスクを未然に防ぐ手段として、今後さらに注目されると予想されます。
ただし、適切な信託契約の内容を考えるには、様々な法律知識や実務経験が必要です。信託契約の内容を適切に設計し、関係者同士でしっかりと話し合ったうえで、弁護士や司法書士など専門家のアドバイスを受けながら進めましょう。
補足 ~成年後見と信託の違い~
信託と似たような制度に、成年後見があります。
成年後見は、認知症になってしまった成年被後見人の財産を、裁判所が選んだ成年後見人が管理する制度です。信託と比べると、成年被後見人は委託者に近く、成年後見人は受託者に近いでしょう。
この2つの制度の大きな違いとして、成年後見は「監督型」、信託は「自己決定型」といわれることが多いです。
成年後見人は、成年被後見人のすべての財産を管理する権限をもち、成年被後見人に代わってほとんどすべての法律行為を行うことができます。
それに対して、受託者は、信託契約で定められた範囲でのみ財産の管理権限をもち、できる法律行為も限られています。
また、成年後見では成年被後見人が認知症になってしまってから成年後見人が選ばれますが、信託では委託者は事前に受託者を選び、自分の意思で信託契約の内容を定めることができます。
このように、信託は、成年後見と比べて、自由で柔軟な制度といえます。