相続手続きを始めるには、「誰かが亡くなったこと」や「その人の相続人が誰であるか」を証明するために、戸籍を集める必要があります。
しかし単に戸籍を集めるといっても、事案によって簡単な場合と難しい場合とがあり、相続人が多い場合や明治・大正時代の戸籍まで必要になる場合には、戸籍の収集に手間がかかることがあります。
また、近年には、そのような手間を解消するための新しい制度も登場しました。
今回は、相続手続きに必要な戸籍の集め方や、戸籍の広域交付制度について詳しく解説します。
相続手続きではどのような戸籍が必要?
銀行口座の解約や不動産の名義変更といった相続手続きを進めるには、相続人を確定するための戸籍謄抄本一式が必要となります。
そんな戸籍は、本籍地の市役所や区役所で発行してもらわなければなりません(ただし、以下で説明する戸籍の広域交付制度を使う場合を除きます)。
では、役所の人にどう伝えれば正しい戸籍を発行してもらえるのでしょう?
それを理解するためにも、まずは相続手続きでどんな戸籍が必要になるかを確認していきます。パターンごとに分けているので、自分のケースではどの戸籍が必要か、確かめてみてください。
すべてのケースで必要な戸籍
- 亡くなった人(被相続人)の出生時から死亡時までのすべての戸籍謄本
(被相続人の子どもが先に亡くなっている場合には、その子どもの出生時から死亡時までのすべての戸籍謄本も必要) - 相続人全員の現在の戸籍謄本or抄本
(例:被相続人に子どもがいる場合、子どもの戸籍謄本or抄本)
解説:戸籍を集める目的は、相続人を確定することです。そのためには、被相続人にどのような親族がいるかをすべて調べなければなりません(①)。また、相続人が生きていることを証明しなければなりません(②)。
被相続人に子どもがおらず、親が健在なケースで必要な戸籍
解説:被相続人に子どもがいない場合、被相続人の親が相続人になります。被相続人に子どもがいないことは上記「① 被相続人の出生時から死亡時までのすべての戸籍謄本」ですでに証明できているので、両親の現在の戸籍を取得して、相続人が生きていることを証明します。なお、両親のどちらかが亡くなっていれば、亡くなっている親の死亡の記載がある戸籍謄本も必要ですので注意してください。
被相続人に子どもがおらず、親が亡くなっているケースで必要な戸籍(兄弟相続)
解説:さて、いきなりややこしくなりましたが……。被相続人に子どもがおらず、さらには両親も死亡している場合には、被相続人の兄弟姉妹(亡くなっていれば甥姪)が相続人になるため、このような戸籍が必要となります。
具体的な手順
戸籍は、本籍地のある市役所・区役所・町役場等に請求して取得します。請求は直接窓口に行くほか、郵送でできますが、各市区町役場の所定の申請書や身分証明書、郵便小為替、返信用封筒などが必要です。
どのような書類が必要となるかは請求先によって異なるので、自治体のホームページを参照してください(郵送の場合、「〇〇市 戸籍 郵送」などと検索すれば、必要書類や郵送先が書いたページにヒットします)。
「具体的にどの順番で戸籍を集めていくのか」については、私の経験上、以下の手順で進めると効率的です。なお、相続手続では戸籍に加えて、被相続人と相続人の住所がわかる住民票や戸籍の附票も必要となりますので、戸籍を集めるついでに取得しておきましょう。
① 被相続人の本籍地の記載がある住民票(除票)を取得する
はじめに、被相続人の住所(「最後の住所」や「死亡時の住所」ということが多いです)がある市区町村役場で、その住民票を取得します。私の事務所がある大阪市の場合、亡くなると、世帯の住民票から抜けて、除票に切り替わります。
このとき、必ず本籍地の記載があるものを取得してください。この住民票を取る目的は、「被相続人の戸籍をたどること=その取り掛かりとなる死亡時の本籍地を知ること」です。何もいわずに住民票を取ってしまうと本籍地が省略されたものが発行されてしまいますので、注意してください。
② 被相続人の本籍地の役所で、被相続人の出生時から死亡時の戸籍謄本を請求する
本籍地がわかったら、次に、被相続人の出生時から死亡時までの戸籍謄本を集めます。
死亡時の戸籍については判明した本籍地の役所で確実に取得できますが、転籍・婚姻・養子縁組などといった理由で、過去の本籍地が他の市区町村に転々としている場合も少なくありません。このような場合、出生時から死亡時までに本籍地があったすべての市区町村の役所に戸籍を請求しなければならず、時間も費用もかかってしまいます。
また、昔の戸籍は手書きであり、書かれている用語も専門的です。自分で戸籍を集める場合には、戸籍の読み方に関する専門書などを参照し、万が一にも相続人が漏れてしまうことのないよう注意しましょう。
③ 兄弟姉妹が相続人となる場合、被相続人の両親の出生時から死亡時までの戸籍謄本を請求する
被相続人に子どもがおらず、両親も亡くなっている場合、兄弟姉妹を確定させるために両親の出生時から死亡時までの戸籍が必要になります。
この場合の集め方も②の場合と同様ですが、さらに昔の戸籍までさかのぼる必要があるため、明治大正時代の戸籍が必要となる場合もあり、さらに解読が難しくなってしまいます。
また、この時代になると、養子縁組や認知によって子どもがいるケースが増えるので、注意が必要です。
④ 相続人の戸籍謄本or抄本を請求する
被相続人(やその両親)のすべての戸籍謄本が揃えばあと少しです。最後に、相続人の戸籍を集めましょう。
具体例で考えてみます。
夫Aが亡くなり、相続人がその妻Bと長女C(既婚)である場合、BはAと同じ戸籍にいるため、Aの死亡時の戸籍謄本がBの現在戸籍も兼ねますが、Cについては「○年○月○日Dと婚姻し、大阪府○○市○○1丁目1番地に夫の氏の新戸籍編製につき除籍」といったように記載され、父であるAの戸籍から抜けてしまっています。このような場合、Cの現在の本籍地は「大阪府○○市○○1丁目1番地」であり、戸籍の筆頭者は「D」であると推察されますので、この情報からCの現在戸籍を取得する必要があります。
広域交付制度とは?
このように、単に戸籍を集めるといっても、複数の役所に行く必要があったり専門用語を調べる必要があったりと、かなり手間がかかります。特に兄弟姉妹が相続人となるようなケースでは、慣れていないと難しいでしょう。
こうした手間を軽減するため、令和6年に新たに始まったのが戸籍の広域交付制度です。
広域交付制度とは、住民票がある市区町村の役所で全国の戸籍を請求できる制度であり、この制度を活用すると、従来よりも効率よく戸籍を集めることができます。ただし、利用する際には運転免許証やマイナンバーカードなどの顔写真付きの身分証明書が求められます。
どのような書類が必要か、申請書はどのように書くのかといった具体的な利用方法は自治体によって異なりますので、実際に利用する際には必ず各自治体のホームページを参照してください。
なお、広域交付制度の主なメリットは次のとおりです。
遠方の役所に行く手間や郵送代が省ける/戸籍の収集にかかる時間が短縮される
:これまでは本籍地のある市区町村でしか戸籍が発行できなかったため、何十年分もの戸籍が必要となる相続手続きでは何か所もの役所を利用する必要があり手間や費用、時間がかかりましたが、広域交付制度では、一回の請求で被相続人の出生時から死亡時までの戸籍が集まります。
戸籍を読んで理解する必要がなくなる
:自分で戸籍を集める場合には、戸籍を読んで内容を理解し、出生時の戸籍までたどっていく必要がありますが、広域交付制度では、役所側が出生時までの戸籍を用意してくれるため、自分で読む必要がなくなります。
ただし、注意点もあります。
兄弟姉妹の戸籍は請求できない
:広域交付制度で取得できる戸籍は、直系尊属(両親や祖父母)と直系卑属(子や孫)のものに限られています。よって、兄弟姉妹が相続人となるようなケースでは、兄弟姉妹の戸籍は各市区町村に請求しなければなりません。
郵送による請求や第三者による請求はできない
:通常は郵送によっても戸籍を請求できますが、広域交付制度では必ず請求者本人が役所の窓口に行く必要があります(代理人が代わりに行くこともできません)。
戸籍の附票が請求できない
:戸籍の附票とは、その本籍地に本籍をおいている間の住所の遍歴がすべて記載されているものであり、相続手続きにおいては被相続人の住民票だけでは足りず、戸籍の附票を求めらる手続きもあります。また、相続人の現在戸籍を取得するついでに附票も請求すれば、住所地に住民票を請求する手間が省けることもあります。
しかし、広域交付制度では戸籍の附票を請求することはできず、別途本籍地の市区町村役場に請求する必要があります。
まとめ
相続人を確定するために必要な戸籍の収集は、相続手続きの最初の重要なステップです。もしここで間違えてしまい、「相続人を漏らしたまま手続きを進めてしまった!」なんてことになれば、すべての手続きがやり直しになったり、最悪の場合、訴訟を起こされたりしてしまいます。
また、子どもと配偶者が相続人になるようなケースでは比較的簡単に戸籍が集まりますが、相続人が兄弟姉妹となる場合や外国の戸籍調査も必要となる場合には、通常より手間も費用もかかってしまいます。近年では広域交付制度など、戸籍の収集にかかる手間を削減する新しい制度もありますので、効率よく戸籍を集めて相続手続きをスムーズに進めるためにも、この制度の活用も検討してみましょう。
われわれ司法書士などの専門家に相続手続きを依頼する場合であれば、専門家が代わりに戸籍を集め、戸籍に不足がないか、相続人に漏れがないかを確認します。相続人の確定に不安がある場合や戸籍収集の手間を省きたい場合には、相続の専門家に依頼しましょう。
補足 ~戸籍集めに使う独特な用語~
1 出生時から死亡時までのすべての戸籍
日本では、生まれてから死ぬまでの記録が1つの戸籍にまとまっているわけではなく、婚姻や転籍、法改正などにより、新しい戸籍に移ることがあります。たとえば80歳で亡くなった場合、男性であれば3通、女性であれば5通ほどの戸籍を集めて、ようやく出生時から死亡時までの記録が集まるといったケースが多いです。
なお、法改正によって古くなった戸籍を改正原戸籍、戸籍に記載の人物が全員いなくなった戸籍を除籍と呼びますが、その辺りの専門用語を使わずとも「生まれてから死ぬまでの戸籍がほしい」と言えば、役所の担当者さんにはわかっていただけます。
2 謄本と抄本
戸籍には、その戸籍に登録されている全員が記載されている謄本と、一部の人のみが記載されている抄本があります。例えば、夫婦と子ども1人が登録されている戸籍には、3人ともの記録がある戸籍謄本と、そのうち一人の記録(生年月日や両親の氏名など)が載っている戸籍抄本があるのです。
相続手続きで被相続人の出生時から死亡時までの戸籍を集める際には、相続人を漏れなく確認するために戸籍謄本が必要となりますので注意してください。